おもひでぴろぴろ

農学部生が農学に関係ないことをぴろぴろと更新するブログ。

トイレの水道が決め手!ぼくが思う快適な車中泊をするための道の駅を選ぶ基準をお伝えします。

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みなさん車中泊をする場合は、どこに車を停めますか?

ぼくの場合、車を停める場所は道の駅です。

車中泊をする場合、食べ物はコンビニで簡単に確保することができますが、トイレや洗顔、歯磨きをするための場所を確保するのは少し難しいと思います。

そこで、道の駅の出番!

道の駅は、道の駅自体の営業が終わってもトイレは24時間使えることが多いからです。

トイレが24時間使える道の駅に車を停めることができれば、トイレや洗顔、歯磨きをするための場所を無事確保することができます。

しかし、トイレが24時間使える道の駅ならどこでもいいというわけではありません。

車中泊がより快適になる道の駅の基準があるとぼくは思います。

その基準とは、道の駅のトイレの水道が蛇口をひねるタイプなのか、センサー感知式なのかどうかです。

トイレの水道が自分で蛇口をひねるタイプではなく、センサー感知式の道の駅を選ぶ

トイレの水道がセンサー感知式の道の駅を選んだ方がいい理由を一言でいうと、洗顔や歯磨きが気持ちよくできるから。

それでは、洗顔や歯磨きをする場所が、水道が蛇口をひねるタイプのトイレの場合と、センサー感知式のトイレの場合とで生じる差を説明していきたいと思います。

トイレの水道が自分で蛇口をひねるタイプの場合...不潔

トイレの水道が蛇口をひねるタイプだと、手を洗うためには自分で蛇口をひねらなければなりません。...当たり前ですが(笑)

ということは、用を済ませた直後の手で蛇口に触れていることになります。

つまり、用を済ませた後の汚い手がなんども触れた蛇口を触った手で洗顔や歯磨きをすることになっています。

これは...かなり不潔ではありませんか?

ぼくの気にしすぎかもしれませんが、気持ちよく洗顔や歯磨きはできそうにないのは明らかです。

というか、蛇口をひねるタイプの水道は普通に手を洗う場合でも、手を洗った後に蛇口をひねらなければいけないので結局手が汚れてしまうという悪循環に陥ってます。

トイレの水道がセンサー感知式の場合...清潔

一方、センサー感知式の水道なら、手をかざすだけで水が流れます。

自分で蛇口をひねる必要がないため、用を済ませた直後の手が蛇口に触れてしまうようなことはありません。

そのため、蛇口をひねるタイプのように蛇口の汚れを気にすることなく洗顔も歯磨きができるのです。

ただし、センサー感知式の水道の注意点として、水を流す時間をコントロールしにくいという点があります。

蛇口のセンサーに感知されないと水が止まってしまうからです。

とはいえ、水が止まってしまったらもういちど蛇口に手をもっていけばいいので洗顔中で目が開けられない状態だったとしてもそこまで不便を感じることはないと思います。

新しめの道の駅なら、トイレの水道がセンサー感知式の可能性大

というわけで、快適な車中泊をするための道の駅の選び方の基準をお話ししました。

じゃあ実際、道の駅のトイレの水道が蛇口をひねるタイプなのか、センサー感知式なのかどうか見分ける目安はあるのか?

それは、道の駅が新しめかどうかです。

ぼくは全国の道の駅を回って統計を取ったわけではないので定かではありませんが、最近(2~3年前くらい?)できた道の駅なら、トイレの水道がセンサー感知式の可能性が高いです。

そのため、快適な車中泊をするなら、2~3年前くらいにできたと思われる新しめの道の駅を利用するとよいと思います。

自分の思っていることを正確に文章化できない問題とその解決法。

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自分の思っていることを正確に文章化できない問題は解決できる。

文章にしてはみるけれど、自分が言いたいのはそういうことじゃないんだよなあ...と思い何度も書き直し、いつの間にか...あれ。おれ何が言いたかったんだっけ...??ってなっちゃうこと、ありませんか?

ぼくはめっちゃあります。

しかもブログを書いているとき以外にも!

特に口コミを書くとき。

アマゾンの商品レビューを書くときなんて、なかなか書きたいことがまとまらないし、何が伝えたいのかも分からなくなってしまうこと多数...

他には大学のレポート課題なんかもそうです。

とりあえず字数だけは稼いで、肝心の内容が自分でも何が何だかわかってない内容...みたいな。

自分の思っていることを正確に文章化できれば、確実に今の自分を変えられると思います。

自分の思っていることを正確に文章化することができれば、おそらくメリットだらけ。

ぼくが最初に思い浮かぶのは、ブログや口コミ、大学のレポートが書きやすくなることぐらいですが、他には頭の中を整理することができるので、思考がクリアになり、頭が冴えるとか。

それに、自分の思っていることを正確に文章化できるということは、いろんな場面において役に立つと思います。

仕事やプライベート関係なく。

アウトプットをする機会を増やすことが解決法。アウトプットする方法はいくらでもある。

自分の思っていることを正確に文章化できるようになるためには、アウトプットする機会を増やすのが一番だと思います。

自分の思っていることを正確に文章化できないのは、そういった自分の考えや思っていることをアウトプットする機会が少なかったからです。

とはいえ、アウトプットする機会を増やすと言っても、どうすればいいのか?

それは、↓の記事でも少しお話ししましたが、アウトプットする方法はいくらでもあります。ブログを書くとか、ツイッターでつぶやくとか、人に話すとか…

 

hirotsutsu.hatenablog.com

 もっと気軽にできるアウトプット方法もあります。

それが、Youtubeの動画で、自分の感想をコメントすること。

動画を見て、自分が思ったことをコメントするのも、アウトプットの1つです。

気軽に動画を見て、気軽にコメントを書く。普段動画を見て一日中過ごしてしまいがちな方(ぼくです)に特におすすめ。

他にも探せばいくらでもあるはずです。自分に合ったアウトプット方法を見つけて続けてみてください。

ぼくもブログ以外でも積極的にアウトプットしていこうと思います!

とにかくなんでもいいから記事を書こうと思えるようになった動画から学んだ4つのこと。

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たださえブログを書くのに慣れていないくせに記事の質にこだわり、まったく記事を更新できていなかったぼくが、とにかくなんでもいいからアウトプットしようと思えるきっかけとなった動画がこちら。

 

この動画から学んだ要点4つをまとめてみます。
  • アウトプットが苦手な人なんていない。ただやり慣れていないだけ。
  • 最初はダメダメでも、とにかく繰り返していれば人並み以上にできるようになる
  • アウトプットが得意になると、人生イージーモードになる。
  • 見たり聞いたりしても、自分で発信しなければ意味がない。

アウトプットが苦手な人なんていない。ただやり慣れていないだけ。

ぼくも、自分はアウトプットが苦手だとずっと思っていました。

自分から話しているときは、話しているうちに何が言いたいのかわからなくなってしまったり、話もまとまっていないまま話してしまい、相手に???な思いをさせてしまったりすることもありました。

ブログも全然書けねえし...

でも、それはただ今までやってこなかったからできないだけだということに気づきました。

やり方も分かっていないのに、自分は苦手だと決めつけていたんです。

最初はダメダメでも、とにかく繰り返していけば人並み以上にできるようになる。

おそらく、ブログに限らず何事も成長スピードは指数関数的に大きくなるんだなと思います。

実力を数字で表すとすると、

0.1、0.2、・・・、1.0→1.0、2.0、・・・、10.0→10.0、20.0、・・・、100→100、200・・・

みたいな感じで。

でも、多くの人は成長スピードの遅い時点であきらめてしまい、もっと成長スピードが大きくなって楽しくなってくるころにまでたどりつけないのではないかとぼくは考えています。

だから、最初は全然できなくてつまらなくてもとにかく続ける。

もし、どうしても苦行なら、それは自分がやりたいことではないのかもしれません。

アウトプットが得意になると、人生イージーモードになる。

アウトプットする手段は簡単にできる方法から人を選ぶような難しい方法までたくさんあります。

簡単にできること・・・人に話す。ツイッターでつぶやく。ブログに書く。動画を投稿する。など

人を選ぶ難しいこと・・・音楽を作る。絵を描く。詩を書く。デザインする。など

そして、アウトプットしたものはお金を生む資産になり得ます。

ブログや動画は、人を集めることができ、広告収入を得られるようになる。

音楽や絵もお金を生み出せるし、人に話すことが得意になれば仕事の幅広がる。

ぼくが想像し得るのはこのあたりですが、アウトプットが得意になれば人生においてとても有利にはたらくといえるでしょう。

見たり聞いたりしても、自分で発信しなければ意味がない。

 動画内でわっきーさんが起業家はアウトプットしなければお金を稼げないとおっしゃっているように、アウトプットして何かしらのかたちで他人に示さなければ、何も価値を生み出すことができません。
また、アウトプットすることによってインプットされている情報がより強く脳に記録されます。
つまりアウトプットとインプットを繰り返せば、どんどん賢くなっていけるわけです。
また、わっきーさんがインプットしてもアウトプットしている人は圧倒的に少ないとおっしゃているように、多くの人はアウトプットの重要性を理解できていないことがわかります。
ということは、アウトプットを繰り返していれば、アウトプットの重要性を理解できていない人よりも確実に前進できるようになるということではないでしょうか?

ソーシャルゲームはデメリットしかない? 僕の場合、ギターの練習やブログをやらなくなってしまうかもしれない...

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しばらく断っていたのに、ソーシャルゲームアプリを再び入れてしまった...

ソーシャルゲームはただ時間とお金を浪費して何も生み出さないものだという認識をもっているため、ここ最近はずっとスマホソーシャルゲームアプリを入れていませんでした。

ところが...

最近、ワンピースのトレジャークルーズというアプリを入れてしまいました...

 

 

 ちょっと時間に空きができて、何もすることがなかった時にふと、久しぶりにトレジャークルーズでリセマラしてみるかと思い立ってしまったのです。

リセマラとは、いいキャラが出るまで何度もやり直すことなんですが、ぼくは高校生のころにパズドラやモンストなどのゲームでよくリセマラをしていました。

ぼくはその手のゲームではキャラを育成して難しいダンジョンをクリアすることよりも、ガチャを引いて超レアなキャラを出すことに楽しみを感じていました。

この手のゲームって、最初のチュートリアルが終わればガチャが引けるじゃないですか?

それで、何度も何度もガチャを引いてはよっしゃ、ええの出た!と喜んでいたわけです。(笑)

今回も、運が良くか悪くか...いいキャラが当たってしまいました。

またソーシャルゲームをやろうとしている自分に、ソーシャルゲームのデメリットを突きつける

時間を無駄にするとわかっていても、せっかくいいキャラが出たのにアプリを消すのはもったいないし、このままゲームを進めたいと思ってしまう...(どうせ飽きるくせに(笑))

そして、なによりも怖いのは、ソーシャルゲームで遊んだ結果、ぼくの場合だと今こうやって書いているブログやギターの練習に手をつけなくなってしまうかもしれないことなんです。

というわけで、再びソーシャルゲームをやろうとしている自分にソーシャルゲームのデメリットを突きつけるつもりで、以下のような2つのソーシャルゲームのデメリットを書いていきます。

  • 時間の無駄

  • 他のことをやる気力がなくなる

ぼくが恐れている、ブログやギターの練習に手をつけなくなってしまうのは2つ目のデメリットになります。

ソーシャルゲームはとにかく時間の無駄。

ソーシャルゲームのデメリットといえば、時間の無駄だということがまず浮かびます。

例えば、休みの日。こんなことがありませんか?

一日中ソーシャルゲームで遊びっぱなし。日が沈んでから、「あぁ、自分は何をしていたんだろう。携帯ばっかり触っていないでもっと有意義な休日を過ごせばよかった。」って後悔したこと。

そう思わないならそんな休日の過ごし方でもいいですが、ぼくにとっては無駄な時間を過ごしているとしか思えません。

ぼくは割と飽き性な方なので、あるソーシャルゲームにめっちゃくちゃハマったとしても数日もしないうちにスッと冷めるんですよ。

それで、あんなにソーシャルゲームに打ち込んでた時間は何だったの?ただの無駄じゃねーかってなっちゃいます。

ぼくにとったら、結局飽きるんならやらない方がましだということです。

ソーシャルゲームをやればほかのことをやる気がなくなる

続いて2つ目のデメリットは、人のやる気のもととなるドーパミンが関わってきます。

まずは、ソーシャルゲームドーパミンの関係についてです。

ソーシャルゲームは、ドーパミンが出るように作られている

こんな話を聞いたことがあります。

 「ソーシャルゲームは、ドーパミンが出るように作られている。」

人の脳内でドーパミンが分泌されると、喜びに満ち溢れとても幸せな気持ちになります。

人は喜びや幸せな気持ちを得るために行動を起こしていることが少なくなくありません。

しかし、ソーシャルゲームで簡単に喜びや幸せな気持ちを得られてしまうと、人はそれらに強く依存してしまいます。

そして、やればやるほどハマっていき、課金をするようになる...

ぼくは、ソーシャルゲームはもはやドラッグと同じようなものと捉えています。

企業はソーシャルゲームドーパミンが出るように作ることによって、人々をハマらせてお金を儲けているのです。

ある意味、人の喜びや幸せな気持ちを支配してお金を吸い取っていると言えなくもありません。

そして、一番心配なのは、ソーシャルゲームで簡単に喜びや幸せな気持ちを得られてしまうと、ソーシャルゲーム以外のことにやる気が起きなくなってしまうのではないかということです。

新しく始めたものはドーパミンが出にくいため、手をつけにくくなってしまう

先ほど、人は喜びや幸せな気持ちを得るために行動を起こしていることが少なくないと言いました。

実際にこれからやろうとすることが、ドーパミンが分泌されるようなことなのかどうかによってやる気が起きるか起きないかも変わってくるんじゃないでしょうか?

また、ドーパミンが分泌される量が少ないことと、ドーパミンが分泌される量が多いことでは、おそらく後者の方がやる気が出るはずです。

ぼくがソーシャルゲームをやることによってブログやギターの練習をやらなくなってしまうのではないかと考えた理由はコレです。

ブログやギターは、自分が本格的に取り掛かり始めてからまだ日が浅いため、うまくいくことも少なく分泌されるドーパミンの量が少ないはず。

それに対して、ドーパミンが出るように作られているソーシャルゲームの方が分泌されるドーパミンの量が多いため、ブログやギターの練習をするやる気がなくなってしまうと考えました。 

つまり、新しく始めたものはドーパミンが出にくいため、それ以上にドーパミンが分泌されるソーシャルゲームについつい手が伸びてしまうということです。

追記

この記事を下書きで保存した日の1日後、無事アプリを消しましたとさ。

もしまたソーシャルゲームを入れるようなことがあったらこの記事を見返したいと思います。

調子が悪い日があるのは、あなただけじゃない。

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今日は調子が悪い。自分はなんてダメな人間なんだと思うことはありませんか?

調子が悪い日って予告なく突然来ますよね。

そして、調子のいい日と比べてすごく落ち込んでしまうという負の連鎖。

意識高くがんばっている人たちのSNSや、うまくいっている人たちを見ては調子の悪い自分と比べて「調子が悪い日にはこんな過ごし方をしている自分はなんてダメな人間なんだ。」と思うこともあるはずです。

ぼくも、ブログを続けたいと思いつつも、調子が悪くて何もやる気が起きない日はダラダラYoutubeを見て過ごしてしまい、意識高くがんばっている人たちのSNSの更新通知が来るたび自分はなんてダメな人間なんだと思ってしまうことがあります。

「いつも調子が良かったらいいのに」は、叶いもしない高望みなのかもしれない

調子が悪い日が来ると「いつも調子が良かったらいいのに」と思ってしまうことがあります。

でもそれは、叶いもしない高望みなのではないか?とぼくは最近思うのです。

なぜなら、いつも調子が良いなんてことはありえないと気づいたからです。

だって、人間は不完全な生き物だから。

調子が良い日もあれば、調子が悪い日だってあります。

常に調子が良い人なんて、人間じゃないとぼくは思います。

人間は不完全な生き物だと認めることができれば、余計な力が抜けてむしろうまくいく

おそらく、多くの人が人間は不完全な生き物だと認めることができていないのではないでしょうか。

というか、そもそもそんなことを考えたことがないという方もいらっしゃるかもしれません。

もし、自分の調子が思わしくない日々が続いていて、何をしてもうまくいかない...と苦しんでいる方がいらっしゃれば、人間は不完全な生き物だと認めてみたらどうでしょうか?

そうすれば、うまくいっている人と自分を比べて自分を卑下することもなくなるし、たとえ毎日調子がよく見える人にだって調子が悪い日があることを理解することができます。

なにより、人間は不完全な生き物だと認めることで人と比べることが無くなり、余計な力が抜けて楽に生きられる!

むしろ、調子が悪いけどうまくやらなきゃいけないと思う方がかえって無駄に力が入ってしまい余計にうまくいかないなんてこともあるんじゃないのかなーなんて思います。

調子が悪い日にするべきこと

ここまでを踏まえて、ぼくが思う調子が悪い日にするべきことをお教えします。

とってもシンプル。この2つだけです。

  • 毎日続けたいと思っていることがあれば、うまくいかなくてもいいからとりあえずやる。途中でやめてもよい。
  • 思いっきり休む
毎日続けたいと思っていることは、例えばブログや楽器の練習などです。
 
ブログの場合だったらとりあえず書けるだけ書く。1記事更新できなくてもいいんです。とにかく1文字でも進められればそれでオッケー!

 

 

楽器の練習だったらワンフレーズだけでも弾く。まったく楽器を触らないよりも確実に前には進んでいるんですから。

続けたいと思っていることを少しやって、もう今日はダメだと思ったら思いっきり休みましょう。

そうやっていれば、また調子の良い日がやってきます。

 

人工知能AIが作曲したビートルズ風の楽曲「Daddy's Car」のどこら辺がビートルズっぽいかを解説してみる

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この曲の存在を知ったのは、テレビに映っているバラエティ番組を撮影した動画

ある日、ぼくはYoutubeで「AIが作曲したビートルズの新曲」というタイトルの動画を見つけました。

今は消されてしまったようですが 、いろんなアーティストの作品をAIにインプットすると、そのアーティストの作風やクセを学習して、新しい作品を生み出す技術をバラエティ番組で紹介しているうちの一部を撮影したものです。

そして、その動画に映っていた番組で紹介されていたのが↓の曲でした。

それでは、この曲のビートルズっぽいなと思うところを開設してみます。

タイトルの付け方がビートルズっぽい

この曲のタイトルは「Daddy's Car」で、和訳すると「父さんの車」といったところですかね。

この斜め上を行くようなタイトルの付け方がビートルズっぽいなと思います。

そのままビートルズの新曲です。って言われても全然違和感ないくらいビートルズのメンバーがつけそうなタイトル(笑)

曲のタイトルのつけ方って、アーティストごとにクセがあると思うんですよ。

だから、この「Daddy's Car」っていうのは、ビートルズの曲のタイトルのつけ方のクセを押さえていると感じます。

ただ、この曲は確かAIが作曲しただけで、作詞をした人と歌っている人たちは確か別にいたはずです。

だから、厳密にはこのタイトルをつけたのはAIではありませんが、タイトルをつけた人(多分作詞した人?)はなかなかいいビートルズ的なセンス持ってます。

コーラスがビートルズっぽい

コーラスの付け方がとてもビートルズっぽい!

この曲はAIが作曲しただけと先ほど言いましたが、歌を担当している人たちの声色がビートルズにそっくりなので、よりビートルズっぽく感じます。

サビに入る手前の♪Please mother drive~♪のけだるげで少し陰のあるようなコーラスはジョン・レノンの作る曲っぽい感じがします。

コーラスの面でいうと、やっぱり歌を担当している人たちの声色が一番ビートルズっぽく感じる要因かな(笑)

ただ、出だしがコーラスで始まる曲は結構ビートルズの曲に多いので、曲の構成はビートルズっぽいですね。

ジョン・レノンが主体的に作って、中間部分をポール・マッカートニーが手伝って、全体のアレンジをメンバー全員でやったようなイメージ

この曲の大まかな部分はジョン・レノンが作って、中間の曲の雰囲気がガラッと変わる部分♪Down on the ground~♪のところはポール・マッカートニーが作ったような感じがします。

ジョン・レノンがこの曲を作ってて、なんかパンチが足んねえな~と思ってポール・マッカートニーに相談したら、めっちゃメロディアスな部分を作ってくれた!みたいな感じです(笑)それで、メンバー全員でこの曲の全体のアレンジを固めたっていうイメージ。

ポール・マッカートニーは印象に残りやすいメロディアスなフレーズを作るのが天才的にうまいので、まさにそんな感じがします。

ビートルズの楽曲の多くはジョン・レノンポール・マッカートニーの共作が多いことで有名で(作曲のクレジットがほとんどレノン=マッカートニーになってます)、こんな感じでお互いに助け合ってできた曲がたくさんあります。

「Daddy's Car」もそのうちの一曲に感じられます。

逆再生の音声が中期のビートルズっぽい

ビートルズは時期によってルックスはもちろん作る曲も全然違います。

個人的に、初期のビートルズはポップなメロディーの曲が多く、中期のビートルズは芸術的で創造的、時に難解な曲が多く、後期のビートルズはシンプルでありながら深みのあるサウンドの曲が多いというように感じます。

そして、逆再生の音声を曲に盛り込むのは、新しいものを創造することに燃えていたビートルズの中期の楽曲でよく見られる特徴なので、この曲はビートルズの中期のころを強くイメージさせますね。

 「Daddy's Car」のようにエンディングで逆再生の音声が流れるのは、中期のビートルズのアプローチそのものです。

逆再生の音声を盛り込んだ曲といえば、「Rain」と「Strawberry Fields Forever」が思い浮かびました。

最後にこの2曲の動画を貼っておきま~す。この2つの動画を比べると、別人かっていうぐらいメンバーのルックスが違うので要チェック(笑)

2曲とも曲のエンディングで逆再生の音声が流れています。

人付き合いに対して受け身な自分の心理を分析してみる

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相手から誘われるばかりで、自分から誘わない

自分が人付き合いに対して受け身だなあと感じる理由は、自分から相手を誘わないからです。

小中高と今までの自分を振り返ってみると、自分から遊びに誘ったことがあるのはほとんどありません。

それは大学生になった今もほとんど変わらなくて、直接話しているときに話の流れで自分から誘うことはありますが、LINEや電話で連絡して自分から誘うという発想にはあまりならないんですよね。

というわけで、相手から誘われるばかりで自分から誘わない、そんな人付き合いに対して受け身な自分の心理を分析してみたところ、4つの分析結果が出ました。

分析その1 他人と遊ぶよりも、自分ひとりでいる方が好きだから

これは、特に小中高に当てはまることです。

というのも、小中高はゲームばっかりしていた時期でした。

これくらいの年頃の少年がすることといったらゲームしかないとさえ思っていましたからね。

帰ったらすぐゲーム。みたいな(笑)

それで、友達から誘いが来たら、ゲームをしたいがために変に理由つけて断ったりしていました。

もちろん、誘いが来るたびじゃないですよ!?友達と遊ぶより、ゲームがしたいなあ♪と思ったときだけです。

大学生になった今は、ゲームは全然しなくなったものの、ダラダラとYoutubeを見たり、昼寝をしたりと無駄に過ごしてしまいがちです。

だから、今は誰かから誘いがあるときはどうしても無理な場合を除いて喜んで誘いに乗ります。

でも、自分から誘いはしません。(笑)

分析その2 段取りを決めるのがめんどくさいから

これは大学生になって、少しずつ自分から誘うようになってきた頃に感じていたことです。

やはり、誘った側はホストの立場なので、誘った側がある程度段取りを考えるのが自然だと思うんです。

○○時に○○集合して、○○時に○○に行って、~という具合に。

...ぼくはこういう段取りを考えるのが苦手です。

ぼくはあまり自分から誘うことがないためか、物事の段取りを考える機会がなかったので、苦手だし、面倒に感じてしまうんではないのかなと思います。

極端な話、とりあえず○○に行って、そこからノープラン。っていうことになりがちです。

誘われた側はそんなんだったら「ええーっなんだそれっ?!」ってなっちゃいますよね。

そうならないように段取りを決めたいんですけど、苦手だし面倒くさいし...。

とはいえ、そんなこと言ってたらいつまでも変わらないままなので、まずは普段の自分の生活の段取りを考えるようにします。

分析その3 誘うほどのものでもないと思っちゃうから

分析その2と被りますが、誘う側になると段取りを考えなきゃいけないので、そこまでして誘うほどのものでもないしなあと思ってしまうところが自分にはあります。

誘う側は大変だとぼくの脳は解釈してしまっているのかもしれません。

それだけでなく、ぼくはもともと何かを主催して相手を楽しませるということをあまり経験してこなかったので、どうすれば相手を楽しませられるだろうか?ということさえ考えることができません。

そのため、相手を誘うということはホスト(主催者)になるわけですから、相手を誘っても段取りをうまく決められないし、楽しませることができないかもしれないと思っちゃって、誘うほどのものでもないと思っちゃうところがある気がします。

でも、やっぱり人と過ごした方が濃い時間を過ごせるよね。

人付き合いに対して受け身な自分の心理を、相手から誘われるばかりで自分から誘わないところに注目して分析してみました。

いろいろ言ってきましたが、結局はひとりでいるより人と過ごした方が濃い時間を過ごせるなと個人的には思います。

自分はゲームが大好きというわけでもなく、ひとりで生きられるほど強くないので。(^^;

ゲームばっかしてた小中高のときに比べて、人として成長したように感じます。(笑)